ないものねだいありー

気づけば中堅社会人になった、30代中盤社会人の内なる思考をこぼしていきます。読書メモ多め。グロービスMBA修了。

4/18 自分が何者になりたいかを考えるときには、自分が持っているものを見つめなおしたほうが良いという話

最近色々な仕事に追われていて、思考を整理する余裕がなかった。

いや、正確には余裕は作ろうと思えば作れたのだけど、その気持ちになれなかったということが正しいか。

「嫌われる勇気」(まだ読み始めたばっかりだけど)に書かれている、目的論的に言えば、追われている状態を欲しているということなのかもしれない。うーん、そうな気がする。

これをどう切り替えるべきかは、もうちょと読み進めてみよう。

 

さておき。

先月の記事で35歳をマイルストンにしよう、それまでに意思決定をしよう、と書いたからか、最近「自分はどういう人間になりたいか」ということをよく考えるようになった。

ぶっちゃけ記事を書いたことは忘れていたけど、それを考えているということは、深層的に覚えていたということだな。ブログの意味があったということだ。

 

で、どういう人間っていうのはいろいろな視点から定義をすることができると思うのだけど、視点の一つに「どんなスキルセットを持った人間か」というのがあると思う。

例えばマーケティングブランディング、戦略論、データサイエンス、などなど。要は、自分は何をもって人との差別化を図るのか、ということだ。

この点について、新しい人が入ってきたり、色々と仕事でフェーズの変化があったりしたからか、最近よく考えている。

 

自分はよくも悪くもジェネラリストタイプなので、割と何でもできてしまうタイプ。

逆に言うと、そこまで専門性を突き詰めるタイプではないので、何かでとびぬけて秀でるということがあまり得意ではない。

で、もっというと、ジェネラリストに寄りつつ専門性を突き詰めたい気持ちもある、ジェネラリストとスペシャリストの中間(曖昧…)みたいな感覚でいる。

例えばジェネラリストが8/10を60%のレベルでできる人、スペシャリストが1/10を120%のレベルでできる人だったとしたら、自分は4~5/10を80%のレベルでできる人、みたいな感じだ。

 

それからもう一つ、自分は移り気であるということ。

一つのことをずっとやり続けるのはあまり得意ではなく、色々なことをどんどんやっていきたいと思うタイプだったりする。

これもこれ自体はそこまで悪いことではないと思うのだが、これが悪く出ると「飽き性」みたいになり、いつまでも何も上達しないということになる。

 

というような中で、自分はこの先どう学びを重ねていけばよいか。

これを書きながら、自分の「学びの回遊範囲」を定義して、その中をぐるぐると回りながら学びを重ね、長めの時間をかけて「複数の高いレベルを持つジェネラリスト」になればよいのではないか、とふと思った。

そうすれば、自分の性格をうまく生かしながら学びを重ねていくことができるかもしれない。

一つ一つの学びに時間がかかるようになるので、一度学んだ内容を忘れないようにすることは課題かもしれないが、まあそれはやりながら考えるようにしよう。

 

↑の回遊範囲、今ざっと考えてみたとき、大きくこんな5つが考えられるのではと思った。

・戦略思考系(マーケティングブランディング、経営戦略、論理思考)

・数値分析系(財務会計統計学

・対人関係系(チームビルディング、人材マネジメント)

・ITスキル系(プログラミング、コーディング)

・論理思考系(クリティカル・シンキング、プレゼンテーション)

もちろんこの中での優先順位付けと取捨選択は必要。なので、その選択には「自分がどんな人間になりたいか」の明確な定義をしなければいけないことには変わりがない。(無競争状態を手に入れる、独自性のあるポジション)

ただ一方で、そういうのは学んでいくうちに見えてくるということもあるので、今はあまり捨てすぎずに考えればいいのかな、と思う。

幸い、あと5年ある。

 

うん、ちょっと思考がすっきりした。

やっぱり内省して、それを文字に起こすのは大事だな。

今夜は本を読もう。