ないものねだいありー

そろそろ若手ではなくなってきた、20代後半社会人の内なる思考をこぼしていきます。読書メモ多め。グロービスMBA修了。

12/7 自分がその組織にいる「明確な理由」を持っている人はカッコいい。

入社当時の上司であり、結婚式の主賓として挨拶をしていただいた方が、今月末で退職されるということで、小規模ながら送別会を。

風変わりなメンバーだったが最後に会えてよかった。かつ、自分が先に退職するということにならなくて、それもよかったなというのが本音。

 

お世話になった方だけど、一方で思ったことがある。

送別会の中でその方は、自身のキャリアに満足していると言っていた。いくつかの事業所を回り、社内のネットワークを広げることで、仕事がとてもやりやすくなると。だからオフの付き合いも大事にした方がいいし、長く勤めることでやりやすくなる部分が確実にあると。

それはそうだなと思ったし、そういう話を聞くと退職に対して少し気持ちが揺らがなちわけではない(これまで積み上げてきたものを捨てることに対する恐怖心)。しかし冷静に考えてみると、その人が歩んだキャリアは自分が憧れるようなものではない。むしろ、定年を少し前倒しで退職し、半ば天下り的な形で同業界の中小企業に再就職するというのは、果たして本当に幸せなのだろうか。

一つの会社に勤め続けて、キャリアの天井を迎えて、社内には自分が満足できるポジションがもはやなく、仕方なしに外に出る。そういうのが本当のところなのではないか。

それが殆どの一つの会社で勤め上げた人の末路だと思うと、個人的な感覚としては残酷だなと思う。

 

自分が憧れるキャリアを歩んでいる人たちは、会社の中の関係とかそういうことは二の次で、とにかく自分の使命感や志というものを大事にし、それに向かって頑張っている人たちだ。それが結果として、一つの会社に長くい続けることにもなれば、何度か転職するということにもなる。なんにせよ、その組織にいる「明確な理由」を持っているというのが共通点だ。

どの組織に所属するのか、というのは、手段でしかないということだ。

 

新卒で入った会社が、自分が真にやりたいことがやれる場である確率は、そんなに高いものではないと思う。

自分がやりたいことは何なのか、常に自問自答をしつつ、また自分が所属する環境も定期的に疑い続けることが、満足のいく人生を歩むために大事なことなのではないかな。

 

退職される方はお世話になった人。この事実は変わらないけれど、こんなことを感じた一晩だった。