ないものねだいありー

そろそろ若手ではなくなってきた、20代後半社会人の内なる思考をこぼしていきます。読書メモ多め。グロービスMBA修了。

12/8 志のサイクル

転職の報告を前に、改めて自分の「志」を再確認している。

手元には、こちらの書籍。 

志を育てる

志を育てる

 

 

この書籍で紹介されている「志醸成のサイクル」によれば、志の醸成は「目標設定⇒達成への取り組み⇒取り組みの終焉⇒客観視⇒自問自答⇒新たな目標設定⇒…」というフェーズからなり、これを繰り返すことによって徐々に視座が社会性を帯びていく「らせん状」の醸成プロセスを経る、とされている。

このプロセスに当てはめると、2017年には新規事業の提案を通じて目標設定~取り組みの終焉までを行い、2018年には転職活動を通じてその結果を客観視し、自問自答を経て、そして今新たに目標を設定しようとしている、そんな状態なのだなということに気づく。

いやもしかすると、転職活動をすることを決めたことが「新たな目標の設定」であり、内定を得て取り組みの終焉を経て、今はその内定という結果を客観視し、上司へ進言する前に最後の自問自答をしている、そんなフェーズなのかもしれない。

 

さておき、先ほどまで自問自答を繰り返す中で、一つ気づきがあった。

自分はこれまで「人の生活に+αの幸せを届けるものづくり」というものを(新卒の就活以来)自分の軸にしてきた。これは今でも大筋はその通りだと思う一方、これだと抽象度が高く漠然としている。

なぜ自分はビールと音楽が好きでそれを仕事にしようとまで思うのか、なぜ化粧品ではだめなのか、ということを改めて考えてみると、そこには「+αの幸せ」という抽象度の高い言葉だけではくくれない、自分の「自分が強く共感する価値を世の中に普及し、同じように感じる仲間を増やしていきたい」という欲求があるからなんだな、ということを感じた。

つまり、自分が良いと感じるものを、その中の一員として広げていくことをしたい、という欲求を持っているということだ。この欲求を自覚したのは、今日が初めてかもしれない。そんなことを感じた。

まだもう少し、自問自答をしたほうがよさそうだけれど、このプロセスに則って志を考えるのは、効果的なことだなということを感じた。

 

 

 

眠くなってきたので取り急ぎここまでで。

12/7 自分がその組織にいる「明確な理由」を持っている人はカッコいい。

入社当時の上司であり、結婚式の主賓として挨拶をしていただいた方が、今月末で退職されるということで、小規模ながら送別会を。

風変わりなメンバーだったが最後に会えてよかった。かつ、自分が先に退職するということにならなくて、それもよかったなというのが本音。

 

お世話になった方だけど、一方で思ったことがある。

送別会の中でその方は、自身のキャリアに満足していると言っていた。いくつかの事業所を回り、社内のネットワークを広げることで、仕事がとてもやりやすくなると。だからオフの付き合いも大事にした方がいいし、長く勤めることでやりやすくなる部分が確実にあると。

それはそうだなと思ったし、そういう話を聞くと退職に対して少し気持ちが揺らがなちわけではない(これまで積み上げてきたものを捨てることに対する恐怖心)。しかし冷静に考えてみると、その人が歩んだキャリアは自分が憧れるようなものではない。むしろ、定年を少し前倒しで退職し、半ば天下り的な形で同業界の中小企業に再就職するというのは、果たして本当に幸せなのだろうか。

一つの会社に勤め続けて、キャリアの天井を迎えて、社内には自分が満足できるポジションがもはやなく、仕方なしに外に出る。そういうのが本当のところなのではないか。

それが殆どの一つの会社で勤め上げた人の末路だと思うと、個人的な感覚としては残酷だなと思う。

 

自分が憧れるキャリアを歩んでいる人たちは、会社の中の関係とかそういうことは二の次で、とにかく自分の使命感や志というものを大事にし、それに向かって頑張っている人たちだ。それが結果として、一つの会社に長くい続けることにもなれば、何度か転職するということにもなる。なんにせよ、その組織にいる「明確な理由」を持っているというのが共通点だ。

どの組織に所属するのか、というのは、手段でしかないということだ。

 

新卒で入った会社が、自分が真にやりたいことがやれる場である確率は、そんなに高いものではないと思う。

自分がやりたいことは何なのか、常に自問自答をしつつ、また自分が所属する環境も定期的に疑い続けることが、満足のいく人生を歩むために大事なことなのではないかな。

 

退職される方はお世話になった人。この事実は変わらないけれど、こんなことを感じた一晩だった。

12/6 価値を生む活動への憧れ

どこの組織でも多かれ少なかれ、上位下達だったり政治的だったりするシーンというのはあると思う(極小化できるものだとは思うけど)。

そういう事態に直面したとき、例えばトップダウンで方針がガラッと変わってこれまでやってきたことが無駄になった時や、政治的な対立に巻き込まれて非生産的な仕事をやらざるを得なくなった時、モチベーションを下げないようにするためには、その仕事そのものへの誇りというか、自分自身が価値や意味を見出していることが非常に大事なんだろうなと思う。

 

ちょうど今日、上記のようなことがあり、不毛な仕事をしているなと思った時にふと考えたこと。調整ごと、これに価値を見出せず、マーケティングに憧れるのは、お客さんへの価値を生むことに対し自分が価値を感じているからなんだろうなと思う。

 

転職を絡めて、色々考えるなあ。

 

12/5 睡眠は大切に/悩みは書き出してみることが大事

昨日は1日眠い日だった。3人の打ち合わせなのに、1時間くらい終始ウトウト…5分仮眠を取った方が確実に早く、生産性も高かっただろな…

ここ二日くらい、夜娘に起こされたおかげ。今日は比較的しっかり寝られたので、昨日よりはマシになるかな。

睡眠の大事さを痛感するこの頃。

 

※※※

 

いよいよ転職のことを告げるタイミングが近づいてきて、色々と考えてしまう。

上司にとっては間違いなくバッドニュース。だいぶアテにされているところがある。とても切り出しづらいし、ともすると本当に転職することが正しいのかと考えてしまうこともある。

一方例えば35になるまで今と同じような仕事をやり続けるか?と考えると、それはそれでワクワクしないなと思う。

 

来週告げる予定なので、こういう悩みを週末にしっかり書き出してみよう…!

言語化することは大事だ。

12/4 タスクリストをつくらないと

最近またタスク管理ができなくなってきた。

仕事の量のほか、公私とも育成が入ってくると自分のことに集中できなくなってきてしんどいなあ。

特に仕事での教育は、そろそろしっかりゴールを見据えて時間をかけないと…

12/3 家族のようなコミュニティをつくる

自社製品を介して人が出会い、家族や友人のようなコミュニティをいくつもつくることができたら素敵だろうな。

自分のやりたいことって、こういうことなのかもしれない。

12/2 言霊の力を借りる

言霊、って、あると思う。言葉にしたら、それが本当になるというやつ。

そもそも「言葉にする」という行為は、思考を整理して言語化するというアウトプットのプロセスと、声あるいは文字としてアウトプットした言葉を聴覚的/視覚的に再インプットするプロセスの、二つから成り立っている。

この二つの過程を経て、無意識のうちに自己暗示をかけているんだろう。だから、本当になることが多いんじゃないかと思う。

 

さておき、今日は久しぶりにアウトプットの行動を起こしてみた。

前々からぼんやりと、こういうことをやったらきっといいだろうな~と思っていたこと。なんとなくハードルを感じていたけど、やってみたらなんてことない。

この心理的ハードル、超えられたのはきっと先日ブログでそういう系のことを書いたからだと思う。一度言葉にしたことで、そこから行動に起こすエネルギーを手に入れられた。

 

言葉に起こすこと、言霊の力を借りることって、大事だなと思った週末だった。